【コロナ禍】入院中の母に会えない!

 その後、私たちは次の病院を探すことになります。母の体力や私たち家族が使える時間等を考え、やはりさほど遠くない距離にある病院を探すことになりますが、残念ながら家からそう遠くないところには、緩和ケアの外来・入院を行っている病院はそう多くはありませんでした。

 そこで私たちは、もともとのかかりつけの病院(ドクターが一人しかいないが入院施設のある病院)のドクターに「先生のところに入院させていただけないか」と相談しました。ドクターはとてもいい先生でしたが、がん治療も緩和ケアも専門ではないのでどんな回答になるか不安でした。私たちは居場所がなくなった母に一度その病院に入院してもらって、貧血などの治療を行ってもらいたいと考えていました。かかりつけのドクターは快く「小さな病院ですし、緩和ケアが専門ではないので十分にはできないかもしれませんがうちで良ければ」と快諾してくださいました。そのときは涙が出るくらい本当に嬉しかったです。それは2020年11月初めのことでした。

 そして、母は11月の第二週からかかりつけ医のもとで入院しました。ところが、2週間程入院したところで母が「家に帰りたい」と言うようになりました。それはごく自然な気持ちだと思います。そして「今、一度退院しないともう家には帰ることができないような気がする」と言うんです。そう言われるとさすがにかわいそうになり、一度退院してもらうことにしました。

 しかし、退院したらしたで別の問題もありました。それは同居している末の弟との生活で生じる問題でした。母は、もともとは私と同居していたのではなく、末の弟と二人暮らしでした。末の弟には、国によって難病指定されている持病(クローン病)があり、その上、うつ病、パニック障害、強迫性障害と精神疾患をいくつも抱えています。とりわけ母との生活を難しくしていたのは強迫性障害とパニック障害です。母の体調が悪く吐いたりすると、母自身が吐いた後始末をするのですが目も悪く満足に掃除ができない状態の母が強迫性障害の弟が気にならないくらいきれいにすることは不可能です。そのため、弟が手伝うことになるのですが、強迫性障害の弟は何度も手を洗う羽目になります。そして結局パニックを起こしてしまうのです。

 私は、母ががんと診断される前から何度もそのやりとりを目の前で見てきました。それは弟と母双方にとって本当に大変な状況だったと思います。とはいえ、そんな母が弟の食事の支度をしていたため、母が家から出ることは弟にとってもかなり覚悟のいることでした。

 とはいえ、母の希望の通り11月の終わりに一度退院してもらうことにしました。が、案の定、弟との間で問題が起きました。母のしたことで弟がパニックになってしまうというものでした。それは予想通りでした。もうどうにもこうにもならず、再度、かかりつけ医のもとで入院させてもらうことにしました。2020年12月の初めの出来事です。

 ところが暮れも差し迫った頃、問題が起こりました。母が入院していた病室がトイレから遠いこともあり、トイレに行く際には看護師さんに車椅子で連れて行ってもらっていたらしいのですが、その入院期間中にまったく歩くことをしなかったせいか母は自分の足で歩くことができなくなってしまったんです。それだけではありません。食事の時の介助がないためにほとんど食事を摂ることできなくなり、さらにはベッドから起き上がることすらできなくなってしまいました。後でわかったことですが、ベッドから起き上がる時にベッドの柵につかまって力を入れていたせいで利き手である右腕の腱を切ってしまったのです。母はベッドから自力では起き上がることができず、歩くこともできない・・・それは寝たきりを意味していました。

 11月の一度目の入院のときには、コロナ禍とはいえ週に30分程度の面会は許可されていました。ところが12月の入院の際には、許されていた週に30分の面会すらもできなくなっていたんです。そのため、私たち家族は母の状況をまったく知らないまま病院に、いわば放置していたような状況になっていました。正確に言うと、病院には何度も母のための差し入れ等を持って行ってはいたのですが、母には会うことができなかったのです。このことがその後の母に可哀想な思いをさせることになるとは考えもしませんでした。